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ベルリンの壁崩壊から30年、単一通貨ユーロの導入から20年の節目を迎えた欧州の政治情勢が不安定化しています。欧州連合(EU)の要である独仏首脳の政治指導力に陰りが見られる一方、EU加盟で市場経済への移行を進めてきた中東欧諸国を中心に強権政治が台頭。他方で、移民・難民問題をめぐるEU加盟国間の対立は続き、英国のEU離脱問題(ブレグジット)が期限を迎えます。第二次大戦後の欧州は、一貫して統合へ向けて拡大と深化を続けてきましたが、こうした情勢を前に「自由主義の価値観の下、ヒト・モノ・カネの自由な移動を認め、加盟国の繁栄を目指す」という欧州統合の理想が揺らいでいます。

欧州では近年、既成政党が軒並み支持を失う一方、「自国優先」を掲げるポピュリズム(大衆迎合主義)的なEU懐疑政党が勢力を拡大してきました。EU懐疑政党は、2017年の仏大統領選挙やオランダ下院選挙で勝利できなかったものの、各国の下院選挙における得票率は上昇を続け(下図)、政党支持率も戦後最高レベルに達しています。その背景には、欧州債務危機(09~12年)やシリア難民問題(14~15年)を目の当たりにし、EUに不満を募らせた有権者の受け皿となってきた側面があります。ただ、そうした不満の「マグマ」は、1970年代の2度にわたる石油危機の頃から溜まっていました。ドイツやフランスなど大陸欧州の主要国は第二次大戦後に高度成長を実現し、「欧州の奇跡」と称されましたが、経済成長に必要な労働力は旧植民地であったアフリカやトルコなどからの移民や出稼ぎ労働者、あるいは難民に依存していました。ところが、石油危機によってスタグフレーションが発生し景気が停滞すると、それら労働力の失業が社会問題化したり、一時的な出稼ぎであったはずの労働者が定住し、文化的な摩擦が生じる元となりました。

そうした流れの中で蓄積されたマグマは、2000年代に入り、グローバル化の進展に伴うヒト・モノ・カネの移動の活発化や、08年のリーマン・ショック後の世界経済低迷の影響を受けて市民が募らせていた「5つの不満」と相まって、既成政党に対する不信感を増幅させることとなりました。第1の不満は、EU東方拡大などに伴うEU域内からの出稼ぎ労働者の増加や難民問題など背景はさまざまですが「移民への不満」です。第2は、域内外の貿易が拡大する一方で輸出競争は激化し、イタリアやフランスなどが輸出シェア低下に見舞われているように「自由貿易への不満」。第3は、資本フロー急変による金融危機の度重なる発生や、金融危機後の景気後退で失業者が増加する「市場主義への不満」です。さらに、第4の不満は、欧州経済はリーマン・ショック後の景気低迷や欧州債務危機を乗り越えたものの、その回復ペースは緩やかで、失業率も高止まりするなど「政府への不満」を解消するには至っていないことです。そして第5が、仏経済学者のトマ・ピケティ氏が著書『21世紀の資本』において「世界の格差問題」を提起していますが、低成長下の欧州でも南欧諸国を中心に所得格差が拡大しており、これが「富裕者への不満」となって残存しています。これら5つの不満は相乗的に、より先鋭化する形でEU懐疑政党への支持拡大となって顕在化したのです。

欧州政治の不安定化が進むなかで、欧州最大のリスクとみられてきたブレグジット問題が3月30日に期限を迎えます。離脱の成否をめぐっては、アイルランド国境問題の「安全保証措置(バックストップ)」に関し、英下院の承認を得られるだけの追加合意を英・EUが締結できるかが焦点となっていますが、交渉は膠着状態に陥っています。英・EUの交渉がうまくまとまらなければ離脱期限の延期が視野に入り、それでも交渉がまとまらなければ、「合意なき離脱」の可能性が生じると予想しています。ただ、EU側にしても合意なき離脱が実現すれば、経済の先行き不確実性と景気後退リスクが高まることになるため、避けたいシナリオであることは間違いなく、合意なき離脱の回避に向けて英・EUの厳しい交渉が続くとみています。

欧州の先行きを見通すうえでポイントとなるのが、5月23~26日に実施される欧州議会選挙です。同選挙は、5年に1度、EUの立法採択機関の1つである欧州議会の議員を決めるための選挙で、全議席が改選されます。選挙は比例代表制の下で行われ、選出された各議員は、国籍と関係なく議会内で会派を組むことになります。現在、欧州議会には独キリスト教民主同盟が参加する中道右派の欧州人民党(EPP)や、仏社会党が参加する中道左派の社会民主進歩同盟(S&D)など、12 の会派があります。一般に欧州議会選挙は、各国の国政選挙よりも各国民の関心が低く、既存政党への批判票を投じる場となりやすい性格があり、前回2014 年の選挙では欧州債務危機の直後であったことからEUや既成政党への批判が高まり、各国のEU懐疑政党が躍進しました。今回の選挙では、各党が3月から始まるキャンペーンで何を訴えるかによりますが、前述の5つの不満が根強いことや、イタリアやポーランド、ハンガリーなどで「自国第一主義」を掲げる勢力が政権を握っている状況を考えると、イタリアの「同盟」やフランスの「国民連合」などEU懐疑政党は過半議席には達しないものの、前回選挙よりも議席数を増やす公算が大きいとみています。

欧州議会選挙後には、行政執行機関トップに当たる欧州委員会を率いるユンケル委員長の後任が選出されます(任期は19年10月末)。リスボン条約によれば、EU首脳で構成される欧州理事会が、議会選挙の結果を考慮して委員長候補者を議会に諮ることになっています。議会選挙と欧州委員長の人選は結びついており、現在、欧州議会で最大議席を有するEPPの筆頭候補者として名前が挙がっているのは、同会派代表のマンフレート・ウェーバー氏(ドイツ出身)です。今年はこれに加え、選挙が行われる欧州議会のタヤーニ議長のほか、政治レベルの最高協議機関であるEU首脳会議の議長役のトゥスク大統領、ユーロ圏の金融政策を決める欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が各々任期満了を迎えます。これらトップ人事は、EU内の影響力確保を目指す加盟国の利害も絡み、駆け引きを行うなかで各国が分け合う形で決まっていきます。今後の欧州の方向性を見極めるうえで、加盟国間のパワーバランスは見逃せません。

欧州統合の強化は、これだけEU懐疑政党が勢力を伸長している状況を考えると、すべての加盟国が同じ方向性を目指し、同じスピードで進めていくことは、もはや困難だと思います。統合の意志と能力のある国々が先行するかたちで統合を進めていく「マルチスピード欧州」といったモデルが模索されていくのではないでしょうか。欧州統合の当初、一部の指導者が夢見ていた「欧州合衆国」ではなく政府間協定のようなかたちで、各国のさまざまな事情を考慮しながら進んでいくと思います。そのなかで統合の果実をEU市民に目に見える形で還元できるかどうかが、市民が抱えている統合への不満や不信を解消する第一歩だと思います(談)。

■EU懐疑政党の下院選挙での得票率の推移

(2019年2月25日)

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